遠藤誉|毛沢東が日本軍と結託した真相:スパイの回想とアーカイブから

 中国共産主義のイデオロギーが崩壊し、特に「六四」が精神的危機を引き起こした後、毛沢東の後継者たちは一党独裁を維持するために愛国主義の旗を掲げ、中国共産党が抗日戦争における中流砥柱であると誇張しました。  しかし、抗日戦争における毛沢東と日本軍の共謀の歴史的事実はほとんど知られておらず、当局はさらに一切触れません。  中華民族が存亡の危機に瀕した際、毛沢東は国民党軍を弱体化させるために全力を尽くしました。1939年秋、彼は潘漢年ら中国共産党のスパイを派遣し、日本外務省傘下の「岩井公館」に潜入させ、国共合作を通じて得た重慶政府の国民党軍事情報を高値で日本に売りました。  それだけではありません。毛沢東はまた、潘漢年に「岩井公館」の主人である岩井英一に対し、「中国共産党軍と日本軍の停戦」を提案させました。停戦について協議するため、潘漢年は岩井の紹介で、南京汪精衛政府の軍事顧問である日本陸軍将校影佐と面会し、さらに影佐の紹介で汪精衛とも会いました。  本書の著者は、抗日戦争中に中国東北で生まれた日本人教授です。彼女は岩井英一の回想録『回想の上海』に基づき、日本外務省外交史料館の日本側の内部文書をくまなく探し、中国本土と台湾の資料と比較し、「抗日戦争中、毛沢東はいったい何をしたのか?」「中国共産党軍はどのようにして発展し、強大化したのか?」といった問題について、考えさせられる証拠を提供しました。毛沢東が戦後、日本の旧軍人に対して言った日本軍閥への感謝の言葉は、確かに心からのものであったことを明らかにしました。

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